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千葉地方裁判所 昭和61年(ワ)1455号 判決

原告

斉藤長生

被告

松村源一

主文

一  被告は原告に対し、金五四万五六〇〇円およびこれに対する昭和六一年七月二六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余は原告の負担とする。

四  この判決主文第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

(一)  被告は原告に対し、九九万五六〇〇円およびこれに対する昭和六一年七月二六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

二  被告

請求棄却、訴訟費用原告負担の判決

第二当事者の主張

(請求の原因)

一  事故の発生

〈1〉 日時 昭和六一年七月二六日午後〇時五五分

〈2〉 場所 静岡県榛原郡榛原町細江一六一の四一

〈3〉 加害車 普通乗用自動車(スターレツト)

〈4〉 右運転者 被告

〈5〉 被告車 原告所有の普通乗用自動車(千葉五九て三六九二 サンタナ)

〈6〉 事故の態様 被告は、加害車を運転して走行中、駐車場内に駐車していた被害車の右前側方に衝突し、被害車前部を著しく破損させた。

二  責任原因

被告は、カーブした道路をハンドル操作を誤らないように前方および左側方を注視して走行する注意義務があるのにこれを怠り、全然ブレーキをかけない状態で、被告の走行方向からみて道路左側にあるデイリーストア駐車場(前記一〈2〉)に駐車中の被害車に衝突し、本件事故を発生させた過失があり、被告には民法七〇九条の責任がある。

三  被害車の破損状況

被害車は、本件事故により右前部を大破され、右ドア、右サスペンシヨン、サスペンシヨンメンバー、フロントストラツト、アルミホイール、バンパーなどを著しく破損された。

四  損害

1 修理費等 四六万七五二〇円

原告は訴外日産サニー静岡販売株式会社に修理を依頼し、修理費として四二万二五〇〇円、事故現場から修理工場までのレツカー代金一万五〇〇〇円および修理工場から原告の自宅までの車の搬送代金三万円の合計四六万七五二〇円の請求を受けた。

2 格落損 四〇万円

被害車の格落損は、本件事故前の車両価値と事故後修理後の車両価値の差額をいうべきところ、被害車の事故前の価値は二〇五万円を下らいないものであり、事故後修理後の価値は一六五万円であるから、少なくともその差額四〇万円が格落損となる。

原告は昭和六〇年一一月一一日被害車を日産サニー千葉販売株式会社から車両本体価格二六五万九〇〇〇円、付属品一式一万六〇〇〇円、付帯費用二九万九九五〇円、値引八万九九五〇円、計二八八万五〇〇〇円として新車で購入、使用していたが、同六一年七月二六日本件事故にあつた。

ところで被害車購入の際、車両保険契約を締結した日産火災海上が(被害車が本件事故にあつたことを知らずに)保険契約継続手続の通知書を送付してきた。右書面によると被害車は、本件事故にあわなければ昭和六一年一一月一一日の時点で二〇五万と査定されていたものである。したがつて本件事故にあつた同年七月二六日の時点では右車両の価格は二〇五万円を下回らないこととなる。

ところで、被害車両の修理は、次に述べるように不完全であつた(いずれも本件事故前になかつたことは言うまでもない。)

イ 高速道路を走るとハンドルがぶれる。

ロ 段差のある道路を走るとガタガタとエンジン部で音をたてる。

ハ 右運転席のウインドウ(電動)が正常に作動しなくなることがある。

ニ 塗装部が他の部とハツキリ違う。

原告は、修理を終えて搬送されてきた被害車を使用してみて修理が右のとおり完全でないことを知り、非常な危険を感じ再修理を希望した。しかし被告が反対するのでやむなく同年九月一五日、買い替えた。その際、千葉日産自動車株式会社は、被害車の価格を一六五万円と評価して下取りした。

前記の格落損四〇万円は右の各資料に基づき算出したものである。

3 通信費等 二万八〇八〇円

原告は、被告らとの間の通信費等として右金額を支出した。

4 弁護士費用 一〇万円

原告は、被告が任意に右損害の支払いをしないためにその賠償請求をすべく原告代理人に対し、本件訴訟の提起およびその遂行を依頼したが、本件事故と相当因果関係がある弁護士費用としては右金額が相当である。

五  被告はその答弁第三項において、レンタカー代金合計二六万八二〇円を過払いしたから、同額を本訴請求額から控除すべきである旨主張するが争う。即ち、

(一) 被告は同項(一)で、原告が新車への買い替えを要求したことを批難するが、もともと被害車は昭和六〇年一一月一一日に購入したもので新車に近い状態であつたし、修理会社も当初は事故前の状態に修理するのは不可能との見解だつたから、当初は買い替えを要求したものであつて、その当時は合理的な理由があつた。

(二) さらに被告は加害車の負担すべき代車使用料金は通常修理に必要とされる期間、本件では二週間程度が相当である旨を主張するが、代車料は事故で被害車両を実際に使用できない期間被害者として代車を使わざるを得ないことから損害として払われるべきものであり、修理工場の夏休みによる延引による負担を被害者に帰せしめるのは不合理でもある。何よりも被告は二週間を超える代車料について被告が全額負担することを承諾のうえ支払つたものであり、本訴に至つてから不当利得を言うのは筋違いである。

(三) さらに被告は同項(二)において、本件事故と相当因果関係に立つ損害として、1ないし4の各費用を主張するが、そのうち1ないし3は既に請求原因第四項1で主張したとおりであり、また4の代車料は保険会社からレンタカー会社に支払いずみにつき、損害としては主張していない。

六  よつて、原告は被告に対し、九九万五六〇〇円およびこれに対する不法行為の日である昭和六一年七月二六日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(請求の原因に対する被告の答弁)

一  請求原因第一項乃至第三項につき、破損部位の破損の程度が著しいとの点を否認し、その余は認める。

二  同第四項中、

1 1の各損害は認める。

2 2の格落損は否認する。

いわゆる格落損とは破損した自動車を修理してもなお完全に修復し得ないことによつて生ずる評価損をいう。

原告は〈1〉修理後の車につき、高速道路を走るとハンドルがぶれる、〈2〉段差のある道路を走るとガタガタとエンジン部で音をたてる、〈3〉右運転席のウインドウ(電動)が正常に作動しなくなることがある、〈4〉塗装部が他の部とハツキリ違う、と主張する。

しかし、以上の車の状態につき全く立証がない。右各点についてはいずれも異常がないことが確認されている。

さらに原告は、本件事故前の車両価額二〇五万円と修理後の下取り価額一六五万円の差額四〇万円が格落価額である旨主張する。

そして、事故前の車両価額の根拠として保険会社の車両保険の更新通知に二〇五万円と査定されていたことを挙げる。

しかし、右金額は、中古業者が、車を下取りし、補修、整備等手を加えたうえで販売する際の小売価額を指すものである。

保険会社は小売価額を上限として車両保険を引き受けるのである。

本件車両の下取価額は、事故のあつた昭和六一年七月時点で一六六万円であつた。原告は同年九月一五日に、本件車両を一六五万円で下取りに出しており、評価損を生じていない。

3 3の通信費は不知。

4 4の弁護士費用は否認する。

三  被告の主張

(一)1 本件は、大学生である原告の息子元が、夏休みに本件車両を運転して静岡に行つた際の事故である。

原告及び原告の妻は、事故直後から被告に対して、新車に買い替えるよう執拗に電話で要求をした。

又、同人らは、被告の加入保険会社である東京海上火災保険株式会社静岡支店島田サービスセンターに対しても同様の要求をした。

原告及びその妻は、賠償の方法として、法的に、新車を提供することはできない旨被告らから説得を受け、同年八月二日、車を修理することで了解した。

その後、同月四日には、原告が右了解事項を撤回するなどの経緯があつたが、同月五日から修理が開始され、その間、同月一〇日から同月一七日まで修理工場の夏休みが入つたりしたこともあり、修理完了は翌月四日になつた。

2 原告は、被告に対して被害車両使用不能期間中の代車使用料金を負担するよう求めてきた。

加害者の負担すべき代車使用料金は、通常修理に必要とされる期間(本件では二週間程度)に応じた金額と考えられるところ、原告及びその妻は、連日連夜の如く被告方に電話を入れ、「車を元に戻せ」等、時には一時間近くも電話を切らせないような状態が続いたため、被告はこれに堪えかね、右相当期間に対応する昭和六一年八月二日乃至同月一六日のレンタカー代金一一万一三〇〇円(これは前記保険会社においてレンタカー会社に支払済み)の他に、同月一六日乃至同三一日のレンタカー代金一七万一〇〇円を同月一四日に、同月三一日乃至同年九月八日のレンタカー代金九万七二〇円を同年八月三〇日に、それぞれ前払いさせられた。

3 原告は、修理が完了した車を受け取つた後も、「完全な修理ではない。このままでは使用できない。事故前の状態に戻してもらいたい。」等強硬に主張し、被告の呈示する相当賠償額を拒絶し、本訴を提起してきたものである。

(二) 本件事故と相当因果関係にたつ損害は左記の合計五七万九〇六〇円である。

1 車の修理代 四二万二七六〇円

2 事故現場から修理工場までのレツカー代 一万五〇〇〇円

3 修理工場から原告宅までの車の搬送代 三万円

4 昭和六一年八月二日から同月一六日までの一五日間の代車料金 一一万一三〇〇円

(三) 前項のうち、4の代車料金は、前述のとおり支払い済みであり、更に、(一)2記載のレンタカー代金として被告が過払いを余儀無くさせられた合計二六万八二〇円は、原告が不当利得しているものであるのであるから、右既払金との合計額三七万二一二〇円を前記損害額五七万九〇六〇円から控除すると被告の原告に対する未払い金額は、二〇万六九四〇円である。

従つて、通信費等の諸雑費を含めても、被告が原告に支払うべき金額は二一万円を超えるものではない。

第三証拠

記録中の証拠関係目録のとおり。

理由

本件においては提出された書証は、当事者間において全て成立について争いがないから、成立についての認定判断の記載は省略することとする。

一  請求原因第一ないし第三項の各事実は、被害車両の破損が著しいとの点を除き、全て当事者間に争いがない。

二  そこで原告主張の各損害について判断する。

1  修理費等について

修理費等の合計額四六万七五二〇円については当事者間に争いがない。

2  格落損について

この点につき、まず原告は修理後の被害車両について、請求原因第四項2において高速道路を走るとハンドルがぶれる等四点にわたり修理の不完全を主張するものであり、原告の妻も甲第二三号証において同旨を供述しているものである。しかしながら訴外東京海上損害調査株式会社の従業員であり、本件被害車両の修理につき修理業者と交渉した訴外長谷川浩作成の乙第六号証によれば本件被害車両は修理後異常のないことを確認したうえ原告に引渡されていることが認められるのであつて、これと対比し、右甲第二三号証の記載内容はたやすく措信しえず、ほかにこれを認めさすに足りる証拠はない。

次に原告は車両保険契約の更新時の保険会社からの通知である甲第三号証の一、二を根拠として、本件事故前の車両価額が二〇五万円である旨を主張するものである。

しかしながら、訴外東京海上火災保険株式会社の従業員であり、自動車保険事故の保険金支払業を担当する訴外久保晋一郎作成の乙第九号証によれば、右の金額は中古車販売業者が車を下取りし、補修、整備等を加えたうえで販売する際の小売価額を示すものであることおよび本件車両の下取価額は本件事故のあつた昭和六一年七月の時点では一六六万円と評価されることが明らかである。

ところで他方原告は本件被害車両を昭和六一年九月一五日買い替えたが、その際千葉日産自動車株式会社は本件被害車両を一六五万円と評価して下取りしたことは原告が自ら主張するところである。

そうであるならば、格落損とはもともと損傷車両に対して充分な修理がなされた場合であつても、修理後の車両価格は事故前の価格を下廻ると考えられることを前提とする損害と観念されるところ、原告は結果的には本件被害車両を右の意味での格落ちの影響を何ら受けずに処分し得ているのであつて、その間何らの損害も生じておらず、前記の小売価額との差額をさらに原告に対し与えることはむしろ不公平の誹りを免れないと考えられる。この点についての原告の主張は理由がなく、失当である。

3  通信費等

甲第五号証の一、二、同第六ないし第一四号証および同第二四号証ならびに弁論の全趣旨によれば原告は本件事故による被告らとの交渉のため電話および郵便等で通信し、合計二万八〇八〇円を支出したことが認められ、これに反する証拠はない。

三  ところで被告はその答弁第三項においてレンタカー代金の過払を主張するが、その主張する加害者が負担すべき代車使用期間二週間が妥当か否かは別として、既に二週間を超える期間についても被告がその支払を承諾していたことは甲第二四号証のみならず乙第七号証によつても明らかであつてこれに反する証拠はないから、この点についての被告の主張は理由がなく失当である。

四  弁論の全趣旨によれば、原告は本件訴訟の提起、進行を原告訴訟代理人に委任し、相当額の報酬の支払を約しているものと認められる。そして本件事案の性質、審理の経過、前記認定額等を総合考慮し、被告に対し支払いを求め得る弁護士費用は五万円をもつて相当と認めるものである。

五  以上のとおりであるから、原告の本訴請求中、前記第二項1および3ならびに前項の金額の合計額である五四万五六〇〇円およびこれに対する本件事故時である昭和六一年七月二六日から完済まで民法所定年五分の割合の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、民訴法八九条、九二条、一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 手島徹)

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